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一過性脳虚血発作の発症と長期的な脳卒中リスクとの関連
Incidence of Transient Ischemic Attack and Association With Long-term Risk of Stroke
JAMA. 2021 Jan 26;325(4):373-381. doi: 10.1001/jama.2020.25071.
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上記論文の日本語要約
【重要性】一過性脳虚血発作(TIA)とその後の脳卒中リスクの関連を正確に推定することによって、TIAを発症した患者の予防策を向上させ、脳卒中の負担を抑制させることができる。
【目的】集団のTIA発症率、TIA後の脳卒中リスクの時期と長期的傾向を明らかにすること。
【デザイン、設定、参加者】ベースラインでTIA、脳卒中の既往のない参加者1万4059例から後ろ向きに収集したデータの後ろ向きコホート研究(Framingham Heart Study)。1948年からまで追跡した。TIA未発症例の標本とTIA初発例を年齢と性別で(5対1の比率で)マッチさせた。
【曝露】時間(TIA発症率の算出、時間傾向分析)、TIA(マッチさせた縦断コホート)。
【主要評価項目】主要評価項目は、TIA発症率、短期(7日、30日、90日)と長期(1~10年)で比較したTIA後の脳卒中発症率、マッチさせたTIA未発症対照例と比較したTIA後の脳卒中、3分類の期間(1954~1985年、1986~1999年、2000~2017年)別に評価したTIA後90日時脳卒中リスクの経時的な傾向。
【結果】追跡調査期間66年の参加者1万4059例(36万6209人・年)のうち435例がTIAを発症し(女性;229例、平均年齢73.47[SD 11.48]歳、男性;206例、平均年齢70.10[SD 10.64]歳)、TIA未発症の対照例2175例とマッチさせた。TIAの推定発症率は1000人・年当たり1.19であった。TIA後の追跡調査期間中央値8.86年の間に、130例(29.5%)が脳卒中を発症した。そのうち28例(21.5%)が初回TIA発症後7日以内、40例(30.8%)が30日以内、51例(39.2%)が90日以内、63例(48.5%)が1年以上経過後に脳卒中を発症した。脳卒中発症までの期間中央値は1.64年(四分位範囲0.07~6.6年)であった。年齢と性別で調整した脳卒中発症の10年累積ハザードは、TIA発症例(435例中130例が脳卒中発症)が0.46(95%CI 0.39-0.55)、マッチさせた対照のTIA未発症例(2175例中165例が脳卒中発症)が0.09(95%CI 0.08-0.11)であり、完全調整後ハザード比(HR)は4.37(95%CI 3.30-5.71、P<0.001)であった。1948~1985年(16.7%、TIA発症155例中26例が脳卒中発症)と比較したTIA後90日脳卒中リスクは、1986~1999年では11.1%(162例中18例が脳卒中発症)、2000~2017年では5.9%(118例中7例が脳卒中発症)であった。第1期(1948~1985年)と比較すると、90日間脳卒中リスクのHRは、第2期(1986~1999年)で0.60(95%CI 0.33-1.12)、第3期(2000~2017年)で0.32(95%CI 0.14-0.75)であった(傾向のP=0.005)。
【結論および意義】今回の1948~2017年を対象とした集団コホート研究で、推定粗TIA発症率は1.19/1000人・年であり、脳卒中リスクは、TIA発症後の方がマッチさせたTIA未発症の対照よりも有意に高かった。TIA発症後の脳卒中リスクは、最も近い2000~2017年の方がそれ以前の1948~1985年よりも有意に低かった。
第一人者の医師による解説
TIAは脳卒中の強い危険因子 長期間にわたる血管リスク管理を徹底すべき
犬塚 諒子/藥師寺 祐介(主任教授) 関西医科大学神経内科学講座
MMJ. August 2021;17(4):109
一過性脳虚血発作(TIA)は切迫(脳)卒中の主要な先駆症状である。近年の2次予防的介入の進歩は、TIA発症後の短期的のみならず、長期的な脳卒中発症リスクの低下をもたらしていると思われるが、既報はない。そのことを明らかにするために、本研究ではFramingham Heart Study(FHS)のデータを用い、後ろ向き検証がなされた。対象として、1948年から2017年までのFHS参加者のうち、登録時にTIAや脳卒中の既往のない14,059人が抽出された(発症率コホート)。その中で、TIAを発症した症例(TIA群)と、それらに年齢・性別をマッチさせた対照(非 TIA群)を、1:5の比で抽出した縦断的解析用の集団も用意された(調整済み縦断的コホート:それぞれn=435、n=2,175)。これら2種のコホートを用いて、① TIA発症率② TIA後の脳卒中発症率(時代的変遷も含む)が検証された。
TIAの推定発症率は1.19/1000人・年であった。また、TIA後の脳卒中発症率は中央値8.9年の追跡期間中で29.5%であり、発症までの期間中央値は1.64年であった。TIA群の脳卒中発症リスクは、非 TIA群に比べ4.4倍と有意に高かった。TIA後90日間での脳卒中発症率の時代別変遷は、1948~85年で16.7%、1986~99年で11.1%、2000~17年で5.9%であり、1948~85年と比較し、2000年以降で有意に低かった。
本研究で示された時代ごとのTIA後の脳卒中発症率の低下は、薬物療法や外科的介入(頸動脈内膜剥離術、頸動脈ステント留置術)などのエビデンス構築、および普及を反映しているものであろう。しかし、TIA後の脳卒中発症率は非 TIA群の約4倍といまだ高い結果は見逃せない。さらに、TIA後の脳卒中発症率に関しては、従来、比較的短期的なイベントとして警鐘を鳴らされてきた感が強いが、本研究結果をみると、脳卒中の発症は短期間内にプラトーに達するわけではなく、追跡期間全体にわたって増加し、かつ半数(49%)は初回 TIAから1年後以降に発症することが示されたことは特筆すべきであろう。本研究は、後ろ向き研究であることなどから、結果解釈に制限はあるものの、TIAに限った均一な集団での、これまでにない長期間の追跡研究結果としての価値がある。事実、近年における5年を超える追跡期間を有した代表的研究であるTIAregistry.org projectはTIAに加え、軽症虚血性脳卒中も含んでいた側面を持つ(1)。本研究は、TIAは完成型脳卒中の強い危険因子であり、長期間にわたる血管リスク管理を徹底すべき疾患であることを示唆している。すなわち、TIA患者を診た場合は、「脳卒中になる一歩手前の崖っぷちにいる患者」と認識し、長期間にわたる生活習慣改善や内服調整を要することを説明しなければならない。
1. Amarenco P, et al. N Engl J Med. 2018;378(23):2182-2190.